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太平洋戦争の研究分野

太平洋戦争の何を研究していますか?
と多くの人に問われます。
自分だけで考えていると意識的にならず、
突然問われるとドキドキしてしまうのですが、
改めて自分が研究しているものとは何なのだろうと考えました。

自分が一番興味があるのは、
当時の人たちの考え方や気持ちだろうと思います。
太平洋戦争で何を研究していますかと問われれば、
当時の人たちの考え方や気持ちを研究し続けているのだろうと思います。
なぜ当時の人はあのような戦争に向かっていったのか
なぜ当時の人はあのような戦争を早期に終わらせることができなかったのか
当時の兵士たちあるいは庶民たちは何を感じ、何を考えて生きていたのか
極限状態におちいった人たちはどんなことを思い、どのように生きようとしたのか
そういったことを今までずっと研究し続けてきたと思います。

なぜそういったことを研究するのかという問いについては、
生きるヒントが得られるからということだろうと思います。
戦争では人間の本質が如実に現れると思います。
そういったことを知り、そういったところから
生きていくにはどうしたらよいかを学んできたように思います。
もちろん、あのような戦争に二度と突入しないためにどうしたらよいかも
重要な学ぶ理由です。
日本があのような戦争に再び突入しないようにということも当然大切ですが、
それは大きな比喩でもあるだろうと思います。
生きていく中で、太平洋戦争に突入するかのような
重大な失敗をおかさないようにするにはどうしたらよいか、
太平洋戦争のような泥沼の失敗に突入したとき、
どうやったらそれを終わらせることができるのか、
太平洋戦争を教訓として学べるように感じています。

私たちが普段生きている中でも、
極限の状況に置かれることはあると思いますが、
そんなときにどう生きたらいいのか
どう乗り越えていったらいいのか
戦争という事例から学んできたように思いますし、
学べるのではないかと思います。
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テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

沖縄上陸の日

今日、4月1日はアメリカ軍沖縄上陸の日です。

硫黄島を占領したアメリカ軍は次の目標を沖縄としました。
沖縄を占領し、九州へと攻め込む予定でした。
4月1日、満を持してアメリカ軍は沖縄本島への上陸を開始しました。
日本軍の組織的抵抗が終了した6月22日までのおよそ3か月間、
沖縄本土では激しい戦いが繰り広げられました。

今日の埼玉は桜が満開で、
新入社員と思われるリクルートスーツ姿の若者を多く見ました。
入社式という看板を見て、ああ、今日は4月1日かと改めて思いました。
70年前の日本でも桜が咲いていたと思いますが、
勝ち目のない戦争はまだまだ続いていました。

新年度に入りましたが、皆さんはどのようにお過ごしですか。
私は改めて太平洋戦争を研究していこうと
4月1日という日に決意を新たにしました。
つたない研究ブログですが、
このブログも変わらずに更新していこうと思います。
新年度もよろしくお願いします。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

太平洋戦争に興味を持った心理

物心ついたときから太平洋戦争に興味があり、
いつから興味を持ったかというのは覚えていません。
子供の頃に意識を持ったときには、太平洋戦争に興味がありました。

そんな状況なので、なぜ太平洋戦争に興味を持ったのかというきっかけはなく、
なぜ太平洋戦争に興味を持ったのかという深層心理まで追求すると分からないままです。
祖父の戦争体験を聞き、また、テレビでもよく戦争に関する番組をやっていて、
非常に太平洋戦争が身近だったということなのだと思います。

太平洋戦争に参加した世代がお亡くなりになるにつれて、
テレビ番組でも太平洋戦争に関する番組が少なくなりました。
私が子供の頃はもっと多くて、
テレビで太平洋戦争の番組をやっていれば、ほぼ必ず見ていました。
友達でも太平洋戦争に関心を持つ友達が多くいて、
戦艦や戦闘機のプラモデルを作ったりして、太平洋戦争の話に花を咲かせていました。

戦争には人間の本質が現れるような気がして、
人間を学ぶ勉強になるような気がします。
今、太平洋戦争に興味がある理由は、
そういった人間の本質を見ることができて、勉強できるから、という感じでしょうか。
人間ドラマがあるような気がします。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

祖父と私 なぜ太平洋戦争に興味を持ったか

なぜ太平洋戦争に興味を持ったのですか、
なぜ太平洋戦争なのですか、
という質問を多く受けます。
自分の深い核心に触れる部分であると思うので、
なかなかすっきりした答えを出すことが難しいのですが、
振り返って自分が太平洋戦争に興味を持った経緯をたどっていくと
祖父の戦争体験に行き当たります。

私の祖父は太平洋戦争に従軍しています。
満州からマレー、シンガポール、ビルマ(ミャンマー)、タイと移動して、
戦中に本土へ戻ってきて、神奈川県のとある工場で終戦を迎えます。
子供の頃からそんな祖父の太平洋戦争の話を繰り返し聞き、
太平洋戦争に興味を持ちました。
太平洋戦争が自分の中でとても身近な存在だったのです。

私のほうからも好んで祖父の太平洋戦争の話を聞きました。
積極的に自分から聞いて、太平洋戦争の話を語ってもらいました。
NHKスペシャルで太平洋戦争関連の話があると、
祖父と二人でテレビを見ていました。
太平洋戦争でわからないことがあれば、
祖父に質問しました。
祖父はいろいろと答えてくれました。
最初の私の戦争研究の講師はまちがいなく祖父でした。

祖父の戦争体験の話は徐々にしていけたらと思います。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

自然と学ぶ

子どものころから軍事に興味があり、
一番最初に興味を持ったのは太平洋戦争で、
そこから第二次世界大戦という大きな枠組みを知り、
ヨーロッパ戦線にも興味を持ち、
現代戦や昔の戦争にも興味を持ちました。
そして、一番最初に興味を持った太平洋戦争に
また気持ちが戻ってきて、このブログにいたっています。

いろいろと戦争を知る中で、自然とさまざまなことを学んだように思います。
人々の苦しみを知り、戦争のつらさくるしさ、不幸さを学びました。
戦争に関して世の中では、右とか左とか、いろいろな考え方がありますが、
そういったいろいろな考え方を知り、そんな中で自分なりの意見を成長させてきたように思います。
これからも戦争に関する問題を追い続けていくつもりです。

テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

運とは自ら運ぶなり

「運とは自ら運ぶなり」
とは坂井三郎著『零戦の運命』の中に出てくる言葉で、
戦闘機エースとなった男たちが持っていた資質とは何かということで、
その要素を列挙していったときに最後に出てくる言葉です。
「運とは偶然のことに非ず運ぶなりである。」
とまとめられています。

この本を読んだのは中学生の時でしたが、
運とは自ら運ぶなりという言葉を聞いて、深い感銘を受けたのを覚えています。
確かに、運は「運ぶ」と書きます。
自ら運んでくるもの、それが「運」なのでしょう。
そのことを胸に強く刻んで、人生を生きようと思いました。

それから20年以上たちますが、
自分の不遇を運のなさのせいにして、
運は自ら運ぶなりという言葉を忘れることが多くありました。
つらく困難であるときに、自ら運べるものは何もないよと
ふれくされたことも多くあったと思います。
それらはすべて自分の弱さでした。

今改めて、運とは自ら運ぶなりという言葉をかみしめます。
自分の人生を切り開く努力を続けてこそ、
運もついてくるというものなのでしょうね。

テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

子供のころのイメージの零戦

子供のころ、零戦というと緑色というイメージが強くて、
プラモデルで白色の零戦をみたとき、非常に驚きがあり、
違和感を持ったのを覚えています。

当初の零戦は白色で、空母艦載機として海上で戦うことを前提としていましたから、
上面から見ても下面から見ても、雲や空、海に溶け込むように
雲のような白色を塗っていました。
戦争も進み、南方のジャングル地帯上空で戦うことが多くなるにつれて、
ジャングルの緑に溶け込むように機体上面に緑を塗るようになります。
はじめのころは白色の零戦に現地の応急塗装で緑色をまだらに塗ったりしていましたが、
機体上面を緑色に塗るのが基本色として採用されることになります。

零戦をはじめとした日本軍機は緑色というイメージが強いように感じ、
緑色の零戦をみると、ああこれが零戦だという安心感があるような感じがしますが、
色だけでも変遷があります。

零戦の主翼は丸い形というのも零戦の定番のイメージだと思いますが、
実は主翼が角形の零戦もありました。
零戦32型と呼ばれる零戦は、零戦のシリーズの中で
主翼の先端が角形になっていて、零戦のシルエットとしては異色です。
これもプラモデルで見た時、零戦ではないような気がして驚いたものでした。

零戦の後期型になる52型が出る頃、主翼が丸くて緑色という
よくあるイメージの零戦になりましたが、
このころには零戦は力不足が目立っていて、後継機を待ち望みながらも
零戦に代わる主力後継機が量産されることはなく、戦争は敗戦へと向かっていきます。

テーマ : 太平洋戦争
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大艦巨砲主義から航空主兵へ 新しい考え方を持つ

太平洋戦争は今までの大艦巨砲主義から航空主兵へと移り変わったときでした。
日露戦争の日本海海戦勝利以来、日本は「艦隊決戦」を主軸とし、
大きな艦、大きな砲を作る方向で進んできました。
しかし、航空機の性能が飛躍的に伸び、
太平洋戦争開戦前には、艦と飛行機の立場は逆転し、
飛行機の方が強くなっていたのでした。
けれども、日本は大艦巨砲による艦隊決戦を捨てきれなかったのです。

子どもの頃にこういった話を聞き、
最新の技術を取り入れていくことはとても大事だと思いました。
大艦巨砲主義者(時代遅れの人間という意味で)にはなりたくないと思い、
最新の技術をつねに取り入れ、古い考え方を変える勇気を持つことが大切だと
思いました。
自分が生きていく中でも、今までの技術や考え方にとらわれることがないようにと
心掛けるように努力してきました。

でも、やはり新しい技術にすぐに入るというのはそれはそれで勇気がいることで、
出たての技術は不具合も多く出たり、高かったりするので、
出てすぐに買わずに、
少し時間が経って落ち着いてから購入するような感じになっていました。

新しい技術を取り入れて今までの考え方を変えることはとても難しいことです。
しかし、それをせずして生き残りもなく、
最新の考え方を持つ、新しい考え方を生み出す、そんな勇気を持ちたいと思います。
そんな考え方を
これからも持ち続けるよう努力したいと思います。

テーマ : 日記
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戦いは巧遅よりも拙速を尊ぶ

戦争に関する格言で、
「戦いは巧遅よりも拙速を尊ぶ」
という言葉があります。
私はこの言葉が好きで、
実生活もまさにそのとおりだなと思います。

意味としては、
よくよく準備したり考えたりして時間がかかって遅くなってしまうよりも、
さっさとやってしまった方が戦いは成功するという旨の意味です。

どんな場面にこんな言葉が当てはまるかといえば、
太平洋戦争ではミッドウェイ海戦が挙げられるでしょう。
ミッドウェイ海戦では、陸用爆弾から魚雷に武装交換して、
その時間が大変なロスだったと言われ、
陸用爆弾であっても空母の飛行甲板を破壊することはできるのだから、
陸用爆弾のままで攻撃に出発するべきだった
と論じられますが、
巧遅(魚雷や艦船攻撃用爆弾に替えて攻撃する)よりも
拙速(陸用爆弾かもしれないけど、とにかく攻撃に出る)がよかった
ということで、ミッドウェイ海戦にこの言葉が当てはまると言えるでしょう。

私はこの言葉は、実生活にも当てはまると考えていて、
準備をしているうちにずっと準備ばかりで実行する機会を得ずに終わってしまったり
ということがままあるのではないかと思います。
とにかくはじめてみる、
準備はもしかしたら不十分かもしれないけど、とにかくスタートして、
スタートしながら修正していくという方が物事は成功するのではと考えています。

テーマ : 日記
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とある会合で太平洋戦争について語り合う

おととい、とある会合があり、
仲間たちと4人でグループを作って
近況を語り合うという機会があり、
私は太平洋戦争をテーマに研究していますという話をしました。
いろいろな話が出て
とても参考になりました。

30代を過ぎてから太平洋戦争などの歴史にも興味を持った
という意見をいただき、
太平洋戦争というテーマへの関心が高まっていることを
改めて感じました。
私は大人を対象に太平洋戦争を伝えていきたいと考えていましたが、
子どもや若者へ伝えることも考えてはどうかという意見もいただき、
深く考えさせられています。
太平洋戦争から学ぶ失敗の事例の研究やもしくは成功の事例の研究など、
今の私たちにも通ずるテーマがあればということで、
いずれはこのブログでもそういったテーマでの話もできればと思いました。

新潟県の長岡がご出身という方からもお話を聞き、
長岡といえば山本五十六の出身地でもありますが、
当地では山本五十六というと非常に人気が高いそうです。
その熱を聞くことができ、おもしろく思いました。

まだまだ自分の中での掘り下げが深まっていないことを実感し、
もっと深めていかないといけないと思いました。

テーマ : 日記
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真珠湾攻撃とハワイ

今年も開戦日が近づいてきました。
12月8日といえば太平洋戦争開戦日、そして真珠湾攻撃の日です。

子供のころ、真珠湾がハワイにあると知って驚いたことがありました。
真珠湾攻撃の軍港というイメージとハワイの常夏のリゾート地というイメージが
合致しなかったのです。

今でこそハワイなんて特別注目を浴びることもないかもしれませんが、
昭和の時代、テレビで景品の一等というとハワイ旅行が看板となっていた時代もありました。
海外旅行がまだ珍しかった時代、ハワイは憧れのリゾート地としてイメージされていました。
そんなところに奇襲されるような一大軍港があるとは思えなかったのです。

真珠湾はそんなハワイのオアフ島にあります。
オアフ島には巨大な湾があり、それが真珠湾で、その湾を活かして軍港が作られています。
ハワイに住んでいた人々は、突然日本軍機が現れて驚き恐れたことでしょう。
私たちもまたたとえば北朝鮮からの飛翔体が日本上空を横切ったりして、
驚き、ミサイル攻撃を恐れたわけですが、
実際に攻撃されたのですから、とても恐れただろうと思います。

12月8日、太平洋戦争は始まりました。
3年8か月の長い戦いが始まったのです。

テーマ : 太平洋戦争
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今なぜ太平洋戦争なのか

今なぜ太平洋戦争なのか?
もう終戦してから70年が経とうとしていますが、
そんな70年も前の古い歴史をなぜ今理解する必要があるのか。
その個人的な意見を記したいと思います。

花といえば桜、山といえば比叡山を指すなんて高校の古文の授業で習った記憶がありますが、
日本で単に「戦争」といえば太平洋戦争を指します。
一般的にはそうではないでしょうか。
戦争と一言言っただけで、何を指すかといえば太平洋戦争。
日本人にとって、とてつもなくおおきなことだったことが感じられます。

太平洋戦争は第二次世界大戦の一部だったわけですが、
第二次世界大戦は現代世界の大きな枠組みを作った戦争でもあります。
国際連合が生まれたのもこの時ですし、
世界の五大国、米・英・仏・中・ロという枠組みが生まれたのもこの戦争です。
日本にとっても、現代日本の基礎的な枠組みを作ることになりました。
日本国憲法が生まれたのもこのときですし、
現代日本社会につながる大きな出発点になりました。

そして、
北方領土、従軍慰安婦、沖縄米軍問題など、
今のニュースを騒がせているいろいろな問題の発端をたどると
太平洋戦争に行き着くものが多くあります。
太平洋戦争を研究することは、現代の日本と私たちの生活が見えてくることに
つながることだと考えています。

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太平洋戦争研究ブログスタートします

こんにちは。管理人のやっちです。

子供のころから太平洋戦争に興味があり、
ずっと研究を続けてきました。
あくまで趣味の個人的な研究ですが、
本を読んだり、映画を観るだけなどのインプットだけでなく、
アウトプットにも挑戦したいと思い、
このブログを作りました。

1941年12月1日。
73年前の今日。
太平洋戦争開戦を決断する御前会議が開かれました。
日本として太平洋戦争を始めるという決断が下された日です。
今日の私が住む街は雨が降って寒いです。
全国的に寒くなっていますが、こういう寒い時期に
戦争が決断されたのかとおもうと感慨深いです。

面白く有益な情報を発信できたらと思います。
よろしくお願いします。

※やっちは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

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やっち

Author:やっち
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