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トラウトマン工作

1937年7月7日の盧溝橋事件を皮切りに日中戦争がはじまったとき、
ドイツは積極的にこの戦争を仲介しようとしました。
この仲介工作は駐中国ドイツ大使トラウトマンの名前をとって
トラウトマン工作と呼ばれています。
前年1936年に日独防共協定を結んでいたドイツは、
日中戦争の継続は日本の国力を弱らせ、ソ連を利するのみと考え、
この戦争の仲介に乗り出したわけです。

当初日本が出した和平案は穏便なもので、
和平は進むかに見えましたが、
日本は南京を占領する(1937年12月)など、数々の戦勝を挙げたことで
賠償金の請求など苛酷な条件を追加で上乗せし、
中国側は呑めないということで、
この和平は流れてしまいます。

数々行われた日中戦争の和平工作の中でも、
このトラウトマン工作がもっとも実現性が高かったといわれています。
日本が戦勝におごって条件の追加などせず、当初の和平案で進めていれば、
日中戦争は停戦でまとまった可能性があり、
後に続く太平洋戦争も避けられた可能性があったと思うと、
歴史の分岐点はいくつかあったのだろうと考えさせられます。
戦争は終わらせることを念頭に、
どこで終わらせるかをよくよく考えて進めていかないと
泥沼に陥るということを感じます。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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