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山本五十六の戦死

1943年4月18日、山本五十六が戦死しました。
明日が山本五十六の命日ということになります。
4月、桜の散り行く季節、山本五十六もまた南溟の空に散りました。

山本はい号作戦の指揮のため、連合艦隊旗艦であった武蔵を離れて、
ラバウルに来ました。
そして、前線将兵の労をねぎらうためということで、
ラバウルからさらに前線のブイン、バラレを訪問することになりました。
山本の行動は詳細に無線で連絡され、
その無線の暗号を解読したアメリカ軍は、
山本が前線に出てくるということをつかみました。
そして山本を暗殺するため、戦闘機隊を派遣します。
暗号の予定通りに来た山本の乗機をアメリカ軍戦闘機隊は撃墜、
山本は戦死しました。

日本軍は山本が暗殺されるということをまったく考えていなかったと思われます。
詳細な行動予定を無線で知らせ、
山本が乗った飛行機が飛んでいる様子を
一般の兵士たちも「あそこに山本五十六が乗っている」と
指さしたといいます。
前線部隊を訪問して士気を高めようとしたことは認めるにしても、
最高指揮官が敵に襲われて戦死する可能性を考え、
隠密に行動する慎重さが必要だったと思います。
ドイツの将軍ロンメルもまた前線に現れて部下たちを励まし士気を鼓舞したと言いますが、
ロンメルは詳細な行動予定を連絡することはなく、ロンメルの判断で行動していました。
山本独自の判断で、当日に行動を決定して前線に出るような
そのような突飛なくらいが安全だったと思いますが、
自分たちの暗号が解読されて待ち伏せされているとも知らず、
詳細な行動の予定通り前線に出撃し、撃墜されます。

アメリカ軍太平洋艦隊司令長官のニミッツは、
山本を暗殺することでさらに優秀な指揮官が現れることを恐れましたが、
日本にそのような人材はいないという進言を受けて、
山本暗殺を決意します。
実際、山本に取って代わる指揮官は日本に現れることはなく、
そのまま日本は敗戦に向けた坂を転がり落ちていくことになります。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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