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ドーリットル爆撃と山本五十六の戦死

今日4月18日はドーリットル爆撃の日であり、山本五十六が戦死した日でもあります。
1942年4月18日、ドーリットル爆撃が行われ、
ちょうど1年後の1943年4月18日、山本五十六は戦死しました。

開戦してから5か月、アメリカは日本本土初空襲に成功します。ドーリットル爆撃です。
B-25爆撃機16機による爆撃の被害は僅少ではありましたが、
日本に与えた心理的影響は大変に大きく、
日本をぎゃふんと言わせようとしたアメリカの作戦は大成功することになります。
この空襲により、日本海軍は日本本土防衛の甘さを思い知らされ、
山本五十六はミッドウェー攻略を推し進めることになります。
ミッドウェーを占領することにより、防衛線を押し上げ、
再度の日本本土空襲を阻止するという戦略です。

しかし、ミッドウェー海戦は山本五十六が心を砕いた作戦ではありましたが、
空母4隻を失うという大敗を喫し、以後、日本軍は劣勢に立たされることになります。
そしてガダルカナル島の大消耗戦に引き込まれ、
数多くの兵士と兵器を消耗し、日本軍は撤退していくことになります。

そんな日本軍の劣勢を挽回するため、
ラバウルを中心としてアメリカの根拠地を航空攻撃するという「い号作戦」が計画され、
この作戦を指揮するため、山本五十六はラバウルに進出します。
そして前線将兵を見舞うためさらに前線であるブイン、バラレに行こうとし、
アメリカ軍戦闘機の待ち伏せに遭い、戦死することとなります。

太平洋戦争は山本五十六の影響が大変大きいところで、
戦争前半は山本の戦略によって動いていきました。
真珠湾攻撃もミッドウェー海戦も山本の発案ではありましたが、
あと一歩のところで及ばず、ミッドウェーでは敗北することになりました。
そして山本五十六が戦死したことは、
日本海軍にとって致命的な打撃のひとつであり、
以後、日本は敗戦へとひた走っていくことになります。

そんな日本の重要なポイントとなったドーリットル爆撃と山本五十六戦死が
同じ日であったというのは運命を感じます。
今日の関東は快晴で、春うららかというとても良い日となっています。
そんな春うららかな日、日本本土が突如空襲され、
その翌年には山本が戦死することになります。

山本の死後、2年経って、沖縄上陸が行われ、大和が水上特攻し、
山本が司令長官を務めていた連合艦隊は壊滅します。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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