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ガダルカナル島撤退の決断

1942年12月31日、御前会議が開かれ、
ガダルカナル島からの撤退が正式決定されました。

太平洋戦争緒戦で大勝利を収め、
東南アジアおよび東太平洋一帯を制圧下に置いた日本は、
アメリカ軍の最大拠点となっているオーストラリアについて、
アメリカ本土とオーストラリアの連絡を遮断することを計画、
その前進基地として、ソロモン諸島にあるガダルカナル島に飛行場を建設しました。
これを対日反攻の最初の機会ととらえたアメリカ軍は、
1942年8月7日、
ガダルカナル島に海兵隊を上陸させ、日本軍が建設中の飛行場を奪取、占領します。
ここに、日本軍とアメリカ軍のガダルカナル島をめぐる戦いがはじまります。

戦いはたくさんの海戦を引き起こし、陸においても数度の総攻撃が行われましたが、
日本軍はアメリカ軍の前に勝つことができず、
食糧等の補給を送り込むことができずに日本兵は飢えはじめ、
「餓島」といわれるようになります。
そしてアメリカ軍上陸から5か月が経過した12月31日、
太平洋戦争が始まって満1年。
ガダルカナル島からの撤退が御前会議において正式決定されました。


ガダルカナル島の撤退はおおみそかという年の瀬に出された決断でした。
失敗に見切りをつけ、新しい年を新しい気持ちで迎えたかったという心理の現れなのでしょうか。
ガダルカナル島をめぐる戦いは日米の攻防の焦点となり、
重要ポイントになったにもかかわらず、
太平洋戦争満1年の段階で撤退の決断に追い込まれたのは
早いように思われます。
日米の力の大きな違いを感じさせられます。

日本は国内に対して「撤退した」と発表することができずに、
「転進」と発表しました。
その後、日本は徐々に徐々にアメリカ軍に攻め込まれ、
敗戦へと向かっていきます。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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