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興亜奉公日の始まり

1939年9月1日、ドイツはポーランドに侵攻し、
第二次世界大戦がスタートする。
さて、このとき、日本はどういう状況にあったのだろうか。

同日、日本では初めての「興亜奉公日」というのが行われていた。
ネオンの消灯や飲食店の休業などが行われ、
以後毎月1日に実施することとなっていた。
要は中国で戦っている兵隊さんの苦労を思い、月1回は辛抱した生活をしようというような趣旨で、
この日は食事を一汁一菜とし、子供たちの弁当は日の丸弁当(ごはんと梅干だけの弁当)とされた。

なんだか戦争も激化した終戦間際と思われるような光景だが、
それが日本の実態だった。
アメリカと戦争を開始する前の日中戦争の段階で、
日本は膨大な国力を消耗していて、国民に忍耐を強いる生活をはじめさせていた。
太平洋戦争が始まる2年以上も前からである。

翌1940年4月には、米・みそ・マッチなど10品目に切符制が導入される。
太平洋戦争が始まる1年半以上も前には統制経済は始まっていた。
すでに敗戦への道はスタートしていたように思われる。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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