スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日ソ中立条約をめぐって

太平洋戦争中、日本はソ連とは中立条約を締結し、
北に対しては中立ということで背後の安全を確保し、
米英と戦争をしました。
ソ連もドイツと戦争をしていたため、日本との中立条約は有益でした。
日本は日独伊三国軍事同盟があり、
ソ連も米英中との連合があったわけであるが、
日本とソ連との間だけは中立という、
なんとも外交とはご都合主義で皮肉なものだと思います。

日ソが中立条約を結んだのは1941年4月ですが、
それから2か月後の6月、ドイツ軍はソ連に侵攻します。
このとき、日本は満州とソ連の国境に大軍を終結させ、演習を行います。
関東軍特種演習と名付けられたその大演習は、
あくまで「演習」ということではありましたが、
日本陸軍内では、ドイツが優勢に推移するのであれば
ソ連に侵攻しようという考えもありました。
日ソ中立条約を結んだばかりだというのに、
もうそれを破棄してソ連に侵攻しようという意見が出ていたのも事実でした。

1941年6月から始まったドイツの侵攻はすばやく、
冬にはモスクワの直前まで迫り、モスクワ陥落の危機が迫ります。
シベリアにはソ連の別の軍団がいましたが、
日本が満州国境に大軍を集結させているために簡単には動かせません。
ここでソ連は焦ります。
ソ連はゾルゲなどのスパイを活用し、本当に日本がソ連に攻めてくる気があるのかを調べました。
そして、日本は結局はソ連に侵攻する気はないということをつかみ、
シベリアに配置していた軍団をヨーロッパ方面に送り、モスクワに迫っていたドイツ軍を撃破し、
ドイツ軍を押し返します。そんな1941年12月8日、太平洋戦争が勃発し、
ソ連のシベリア方面の危機はいったんは収束します。

太平洋戦争中はお互い中立で動きはなかった日ソ関係ですが、
1945年8月に入ってソ連はこの中立条約を破って
日本に宣戦布告、満州、南樺太、千島列島へと侵攻します。
確かに中立条約を先に現実にやぶったのはソ連ですが、
日本もドイツ侵攻にあわせて国境に大軍を集めてソ連をうかがったり、
「どっちもどっち」な話ではないかと思います。
こういった歴史を知ると、外交とはいい加減なものであると思うと同時に、
やはりうつろいやすい国際関係では困るわけで、
そんな簡単には壊れない強固な国際関係の必要性を感じます。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

やっち

Author:やっち
ホームページ:
『砂漠の狐』
第二次世界大戦・太平洋戦争のおすすめ映画、ゲーム、本
http://sensou.link/
メール:
info★sensou.link
(★⇒@)

にほんブログ村 歴史ブログ 太平洋戦争/大東亜戦争へ


検索フォーム
リンク
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。