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ガダルカナル島からの撤退

1943年2月1日から行われたガダルカナル島撤退は2月8日に完了し、
およそ半年間にわたって行われたガダルカナル攻防戦は終わりました。

ガダルカナル島の戦いというととても長く戦っていたかのような印象がありますが、
1942年8月のアメリカ軍上陸から始まって翌1943年2月に撤退ですから、
約半年ということになります。
たった半年ですが、日本軍にとっては泥沼の戦いとなりました。

日本軍がガダルカナル島に進撃した理由として、
日本軍の南太平洋・ニューギニアの前進根拠地ラバウルを守り、
オーストラリアとアメリカの連絡路を遮断するため、
フィジー・サモア方面に進出しようとしており、
その足掛かりにしたいという戦略がありました。
このあたりの島々で飛行場を造成できるような平坦な土地があるのは
ガダルカナル島だけということで、
日本軍が最初に目をつけ、島に上陸し、飛行場の建設を始めました。

ガダルカナル島で敗戦した理由として
ラバウルから遠すぎたということはあると思います。
ラバウルからちょうど零戦隊が届く距離ということで、
絶妙なベストな距離と考えたのかもしれませんが、
もっと近いところに前進基地を作ることができていれば、
ラバウルからの航空隊も存分に活躍することができ、
ガダルカナル島のような手痛い敗戦は避けられたかもしれません。

しかし、日本軍の土木建築能力は低く、
複雑な地形のところに滑走路を造ることはできませんでした。
ガダルカナル島の戦いが始まってから、
ラバウル~ガダルカナル間の島々に
航空基地を作って戦いを援護しようとしましたが、
十分な基地は作られることはありませんでした。
アメリカ軍は土木技術も発達していて、十分な土木機械があり、
日本軍では作れないような地形に飛行場を作り、
戦いを援護し、日本軍を翻弄しました。

根拠地からの長大な距離は、
必要な補給物資を運ぶことができず、
空海軍の援護も十分にできず、
大きな損害を出して、撤退へとつながっていきます。

テーマ : 太平洋戦争
ジャンル : 学問・文化・芸術

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やっち

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